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東京地方裁判所 昭和31年(レ)276号 判決

控訴人 高橋謙次

被告知人 中島勲

被控訴人 河原和敏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。控訴人が被控訴人に対し東京都杉並区高円寺三丁目百六十五番の十八の宅地三十六坪九合六勺(以下本件土地という。)につき昭和二十一年一月控訴人と訴外中島勲との間に結ばれた本件土地を含む同番の十七乃至二十の宅地合計七十二坪五合に対する土地賃貸借契約にもとづく賃料は一カ月金二十八円八十銭、建物所有を目的とする期間の定のない借地権を有することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

被控訴代理人は本訴請求の原因として

本件土地はもと訴外中島勲の所有であつたが昭和二十九年五月十二日被控訴人が中島から買い受けてその所有権を取得し、同日その旨の登記を受けた。

控訴人は右買受のときから本件土地を被控訴人に対抗しうる権原がないのに不法に占有しており、そのため被控訴人は本件土地を使用収益することができず、同日以後毎月その統制賃料額である一カ月金三百五円(坪当り金八円二十七銭)と同額の損害を被つている。

よつて所有権にもとづき、本件土地の明渡を求めるとともに併せて右不法占有開始の翌日の昭和二十九年五月十三日からその明渡の済むまで前記割合による損害の賠償を求める次第である。

控訴人の主張及び反訴請求の原因に対する答弁として

(一)、本件土地及び百六十五番の十七、十九、二十の各宅地合計七十二坪五合につき控訴人と中島勲との間で昭和二十一年中に控訴人主張のような賃料の約定で賃貸借契約が成立したこと、本件土地とそれに隣接する百六十五番の十七の宅地がもと百六十五番の一の宅地の一部であり、昭和二十九年一月十八日分筆されて別個の土地となつたものであること、控訴人がその主張の日ごろ百六十五番の十七の宅地上に木造亜鉛葺平家建建坪九坪五合(家屋番号百六十五番の十、以下本件建物という)を建築し、その主張の日に百六十五番地にある建物としてその保存登記をしたこと、及び百六十五番の十七の宅地の賃貸借が建物所有を目的とするものであることは認めるが、その余の事実は争う。

本件土地及び百六十五番の十九、二十の各宅地は菜園として使用する目的で賃貸されたのであつて建物所有の目的で賃貸されたものではないから、控訴人主張の借地権は被控訴人に対抗することはできない。

(二)、仮に本件土地が百六十五番の十七の宅地と同様建物所有の目的で賃貸されたものとしても、本件建物は本件土地の隣接地たる百六十五番の十七の宅地上に存し本件土地には跨がつてはいないから、本件については建物保護法を云々する余地はない。もつとも本件土地と本件建物の存する百六十五番の十七の宅地とはもとともに旧百六十五番の一の宅地の一部であつたのであるから、本件建物の保存登記がその当時旧百六十五番の一の宅地にある建物として建物の保存登記がなされているのであればその後の所在地番の変更は登記簿の調査によつて知り得られるのであるから建物保護法を援用することが許されるかも知れないが本件建物の保存登記は先に指摘したようにその存在する宅地が分筆されて本件土地とは別個の土地となつた後において右新旧いずれの地番とも異る百六十五番にある建物として登記されているのであるから、右賃貸借上の借地権は建物保護法による対抗力を備えているとはいえない。

(三)、仮に右借地権が建物保護法による対抗力を備えたものであつたとしても、控訴人は昭和二十八年ごろ中島勲の承諾を受けないで賃借宅地の内百六十五番の十九の宅地の一部を訴外秋山昌に建物所有を目的とし賃料は一ケ月坪当り四十円の約定で転貸し、秋山から権利金を収受し且つ右転貸料を取り立てるに至つたが、中島はこの無断転貸を理由に控訴人に対し昭和二十八年十一月十四日付翌十五日到達の書面で本件賃貸借を解除する旨の意思表示をしたから、控訴人主張の賃貸借はこれによつて終了(従つてその賃貸借上の借地権は消滅)したのである。

以上の次第であるから控訴人の抗弁及び反訴請求はすべて理由がない。

と述べ

控訴代理人は本訴請求の原因事実に対する答弁及び反訴請求の原因として

(一)、被控訴人主張の請求原因事実中本件土地がもと中島勲の所有で被控訴人がその主張の日にこれを買い受け、同日その所有権取得登記を受けたこと、控訴人が昭和二十九年五月十二日以後本件土地を占有使用していること、本件土地の統制賃料額が被控訴人主張のとおりであることは認めるが、控訴人の本件土地の占有使用が不法であるとの点は否認する。

(二)、控訴人は昭和二十一年一月中島勲から本件土地及びこれに隣接する百六十五番の十七、十九、二十の宅地合計七十二坪五合を建物所有の目的で賃料は一箇月金二十八円八十銭の約定で期間の定めなく賃借した。本件土地及びこれに接続する百六十五番の十七の宅地は当時百六十五番の一の宅地の一部で、昭和二十九年二月十八日に行われた分筆手続によりそれぞれ別個独立の土地となつたものであるが、分筆前である昭和二十一年五月ごろ控訴人は百六十五番の十七の宅地上に本件土地に跨がつて木造亜鉛葺居宅建坪九坪五合を建て、以後本件土地を含む右賃借宅地を本件建物敷地として使用し、昭和二十九年四月二十八日本件建物につき百六十五番地にある建物として保存登記を受けた。

よつて控訴人が本件土地に対して有する右賃貸借上の借地権は建物保護法第一条により中島勲の特定承継人たる被控訴人に対抗し得るものである。

(三)、中島勲が被控訴人主張の日にその主張のような契約解除の意思表示をしたことは認めるが、その意思表示は次の理由により無効である。

(イ)、控訴人は被控訴人主張のように百六十五番の十九の宅地を秋山昌に転貸したことはない。もつとも控訴人は秋山に対しバラツク建設のため一時使用の目的で右宅地の内五坪を無償で使用させ秋山から礼金として少額の金員を無理強いされて受領したことはあるがこれを目して民法第六百十二条所定の無断転貸ということはできない。同条にいう転貸とは期間が長期であつて賃借物の大部分を転貸し、且つ転借人において転借物を第三者に使用させる虞のあるような場合の転貸借であつて、これにより賃貸人が損害を被り、賃貸人と賃借人との間の継続的信用関係が破壊されるようなもののみを指すのである。

(ロ)、仮に控訴人の秋山昌に対する右土地の使用許可が転貸借にあたるとしても、これについては中島勲又はその差配である訴外千本木義久が黙示の承諾を与えていたのであるから、いずれにしても無断転貸を理由とする契約解除の意思表示は無効である。

(ハ)、仮に控訴人が右転貸につき中島勲の承諾を得なかつたとしても中島のした右契約解除は権利の濫用であつて無効である。中島は昭和二十八年十月ごろ控訴人に対し、秋山を立ち退かせるよう要求したので、控訴人は秋山に対し転貸借契約を解除するから転借地から退去されたいと要請したところ秋山は昭和二十九年七月三十一日までに退去する旨を約束した。

ところが中島は右百六十五番の十九の宅地を控訴人から取り上げて秋山に賃貸乃至売却して利益を得ようと企て、秋山に対しては中島から秋山に直接右宅地を廉価で賃貸乃至売却する予定であるから控訴人からの立退要求には応じないで貰いたいと申し入れる一方、控訴人に対しては秋山を昭和二十八年十二月末日までに退去させるよう要求し、遂に無断転貸を理由に本件賃貸借を解除する旨を通告したのであつて、右の経過に徴すると右契約の解除は転借人たる秋山に本件土地を売却して利益を得る目的の下になされたことが明かであつて、右のような契約の解除は権利の濫用であつて許されないものというべきである。

以上いずれにしても、中島のした契約解除の意思表示は無効である。

(四)、これを要するに、控訴人は本件土地につき被控訴人に対抗し得る借地権を有しているのであつて控訴人の本件土地の占有は適法であるから控訴人に対し本件土地の明渡及び損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は失当であり、これに反し被控訴人に対し右借地権の確認を求める控訴人の反訴請求は正当とさるべきである。

と述べた。

立証として、被控訴代理人は甲第一乃至第五号証を提出し、原審証人秋山きみ、中島勲、原審及び当審における証人千本木義久の各証言を援用し、乙号各証の成立を認め、同第四号証及び第七号証を利益に援用し、

控訴代理人は乙第一乃至第四号証、第五号証の一乃至三、第六乃至第八号証を提出し、原審証人渡辺マス、当審証人千本木義久原審及び当審における証人高橋進、高橋みやの各証言及び原審における検証の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

本件土地がもと訴外中島勲の所有で、被控訴人が昭和二十九年五月十二日これを中島から買受け、同日その所有権取得登記を受けたこと、控訴人が、右買受後本件土地を占有使用していること、本件土地及びこれに隣接する百六十五番の十七、十九、二十の各宅地合計七十二坪五合がもと中島勲所有の東京都杉並区高円寺三丁目六十五番の一の宅地百七十九坪一筆の土地の一部であつたが昭和二十九年一月十八日分筆されてそれぞれ別個独立の土地となつたものであることは当事者間に争がない。そして成立について争のない乙第一号証第六号証第八号証、原審証人中島勲、原審及び当審における証人千本木義久(以上いずれも後記採用しない部分を除く。)原審及び当審における証人高橋進、高橋みやの各証言を綜合すると控訴人は昭和二十年五月の戦災当時旧百六十五番の一の宅地の一部であつた百六十五番の十七の宅地約十九坪を中島から建物所有の目的で賃借し、その地上に建物一棟を所有していたが、その建物が右戦災により附近の住家とともに焼失したこと及びその直後控訴人は中島の差配をしていた訴外千本木義久(当時中島は応召不在中で中島からその所有土地の管理を委任されていた。)から従前の賃借地を含め旧百六十五番の一の宅地中約百四十坪を借り増しこれを家庭菜園として使用していたが、同年五月ごろ従前の賃借地たる百六十五番の十七の宅地上に本件建物を建築し、同年九月ごろその建築許可申請書(乙第一号証)を東京都に提出するに際し右千本木の要請により前後三回に亘り約八十坪余を返還するとともにそのころ同人との間に残余の賃借部分即ち本件土地とこれに隣接する百六十五番の十七、十九、二十の各宅地合計七十二坪五合につきその使用目的を建物所有とすることに変更し、賃料は控訴人主張のような約定で賃貸借契約を締結したことが認められ原審証人中島勲、原審並びに当審における証人千本木義久の証言中これに反する部分はたやすく信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

よつて控訴人の抗弁について考えて見るに、その抗弁は、要すれば、借地権(建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権)に基いて建物を建築し、これについて所有権取得登記を受けている者は、たとえその登記における建物の所在地が実際の地番と異つていても、建物保護法によつて保護さるべきであるというに帰着する。(本件では、控訴人主張の保存登記に建物の所在地として表示されている地番はその登記以前になされた土地の分筆によつて既になくなつていたのである。しかしながら、同法第一条第一項が登記のある建物の所有ということをその保護の要件としたのは、登記の公示力を前提とし、一定の土地について権利を取得せんとする第三者に対し登記簿を閲覧することにより当該土地に対する借地権設定の有無を確める手掛りを提供し、以て相当の注意をして行動する第三者に対して不測の損害を及ぼすことのないようにする用意に出たものであるから、前記法条にいう登記は公示力を有するものであることを要するものと解さなければならない。控訴人主張のような登記にはこのような公示力を認めることはできないから、前認定の賃貸借上の借地権は右法条による保護を受けるに値しないものとするほかはない。

ところで、本件土地について他にこれが占有権原のあることは控訴人の主張も立証もしないところであるから、控訴人の本件土地の占有は不法であり、控訴人はこれを被控訴人に明け渡す義務を負つていることが明瞭である。

次に、土地所有者は第三者が不法にこれを占有するときは特段の事情のない限りその統制賃料額と同額の損害を被るものと認めるのが相当であるが本件土地の統制賃料額が一カ月金三百五円であることは当事者間に争がないから控訴人は本件土地につき被控訴人が所有権取得登記を受けた昭和二十九年五月十二日から本件土地明渡の済むまで右割合による損害を賠償する義務をも免れることはできない。

よつて進んで他の判断をするまでもなく、控訴人に対し右各義務(但し、損害金の起算日は昭和二十九年五月十三日とする)の履行を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これに反し、前認定の賃貸借上の借地権が建物保護法により被控訴人に対抗しうるものであることを前提としてその確認を求める控訴人の反訴請求は失当として棄却すべきである。

その結果においてこれと同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条をそれぞれ適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈 山本卓 松本武)

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